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あれもしようのないこと、これもしようのないこと
昨日の夜、NHKスペシャル。
インド洋津波の特集。

正に今、濁流に飲み込まれるという圧倒的な映像の数々。でもその中で一番衝撃を受けたのは映像ではなく、ある男の人の話。
彼の乗っていた電車は停車していたところを津波に飲み込まれて、乗っていた人のほとんど(500人程だったかな)が亡くなったとのこと。濁流で満たされる車内から彼は自分の子供を背負い、必死に窓から逃げ出したとのこと。
逃げ出すときに足にすがる人達が居たけれど払いのけた、という彼の話に「それはしようがないよ」と思った次の瞬間、彼は「あれは一緒に乗っていた自分の両親だったかもしれない」と言った。
電車には、彼の両親とあと二人の子供も一緒に乗っていたとのこと。背負った息子を助けるのに精一杯で、助かったのは彼と一人の息子だけ。

彼はこの先一生、繰り返し繰り返し「あれは両親だったかも知れない」と思い続けるんだろう。「あの時あれでよかったのだろうか」と何度も何度も問い直し続けるんだろう。
死んでしまった人はもう何も考えられないけれど、生き残ってしまった人は起こったことから一生逃れることは出来ない。

・・・なんて考えてしまったのは、前日に

夕凪の街 桜の国
夕凪の街 桜の国

を読んでいたのもあったのだと思う。
ヒロシマで生き残った、生き残ってしまったことを肯定しきれない女の人の話。作者のこうのさんはこの作品を描くまで、広島出身でありながら戦争や原爆の話は見てはいけないような気がして向き合ったことがなかったとのこと。私もそうだなぁ、と思った。なんとなく、でも避けてみえない程度に、避けていた。
「夕凪の街 桜の国」は声高に反戦を叫ぶではなく、普通に生きていて原爆にあってしまって、どうしていいかわからない普通の女の人を描いてくれているので、気負わず(いい意味で)普通に読むことができる。

戦争や原爆に向き合えないのって、思想やら何やらがないと向き合っちゃいけない、て思うことによるのかなぁ。
と今思った。
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