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吾が為に我は泣く
最近妙にデジャヴが起きたり、生まれて初めてものもらいができたり、猫の亡骸を間近に見たり。身慣れないことが起こるなぁと違和感を感じていた。
祖母が亡くなったと連絡が入ったのは、日曜の夜明け前だった。
苦しげな顔だった遺体は、入院して以来ずっと「帰りたい」と言っていた部屋に戻ると、安心したように笑顔に変わった、と母が言った。
入院するまで暮らしていた部屋にやっと帰り眠る祖母を見て、涙を止められなかった。けれどこれは亡くなったばぁちゃんの為でなく、何もできなかった自分に泣くのだ。最期を、きちんと見送った叔母は泣かなかった。近くに居られなかった叔母は泣いた。

お葬式には、子供がいると良い。命は、廻るのだから、死ぬことは悲しくないと思える。

何故かたまたま、前日に友人宅に新しい命の芽生え一報を聞いていたので、祖母の死も素直に受け入れることができた。(という訳で、O家の雪ん子ちゃんには極個人的に思い入れをしてしまいそうです>おかきん殿)

命は、誰にもたったひとつ平等に与えられたただひとつのもので、私達はそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
ね、ばぁちゃん。もう思う存分熱いお茶を飲んで、見守っていてね。
2006/03/29 23:45:03 | Category:日々たわ | Comment:2 | TrackBack:0 |
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