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かもしに夢中
発酵、に心ときめかす当節。

夢中になって読んだのがこれ。
dancyu plus元気の源!日本の「発酵」食 超保存版―この旨味、体に心に沁みわたる。 (プレジデントムック)dancyu plus元気の源!日本の「発酵」食 超保存版―この旨味、体に心に沁みわたる。 (プレジデントムック)
(2007/06)
不明

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日本各地の醤油あれこれ、味噌あれこれ、酢あれこれに味醂あれこれ。もう、めくるめく醸し(かもし)の世界。

もやしもん、
もやしもん―TALES OF AGRICULTURE (1) (イブニングKC (106))もやしもん―TALES OF AGRICULTURE (1) (イブニングKC (106))
(2005/05/23)
石川 雅之

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酵母ごはん、
酵母ごはん―暮らしにしみ入るおいしさ 酵母ごはん―暮らしにしみ入るおいしさ
ウエダ家 (2006/03)
学陽書房

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から魅惑された菌たちの世界に興味はなくとも、酒好きならこの記事は垂涎もの。

人気蔵元18軒が教える「ウチの酒がますます旨くなる酒肴」

一記事ごとに「あぁぁー」とか「うぁ~~」とか「おぉーぅ」と奇声をあげてしまうこと請け合い。
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Nortonに乗って
モーターサイクル・ダイアリーズ コレクターズ・エディション
ガエル・ガルシア・ベルナル ウォルター・サレス ロドリゴ・デ・ラ・セルナ ミア・マエストロ
B00067HDZM

観た。
若き日の、“チェ”になる前のゲバラの物語。数年前に発見されたゲバラ本人の日記を元に作られている。

数日前に、(70年代のだけど)Nortonのバイク(750ccだけど)に乗ったばかりで、怪力(=ポデローサ)号に興奮。あぁ、あんなになってしまったけど。

内容的には、もっと濃く長く詳細に描写して欲しい(日記にはきっともっと色々あるはず…!)と思ってしまうけれど、映画としてはあれ以上長くしても仕方ないと思うので納得。
つー訳で、日記の訳本を読みたいにゃぁ。
あと、キューバ革命とキューバと南米とハンセン病についても、何も知らないので知りたい。

映像的に一番グッときたのは、最後のアルベルト(本人)の横顔。事実を積み重ねた顔というのは、やはり何者にも変え難く、圧倒的。
ドロンします、て使いたい。
本屋で見かけて気になっていた本。

困ったときのベタ辞典 会社で家庭で合コンで。
アコナイトレコード
4479391185


元ネタサイトあり。
おもしろいなぁ。

■もう!私がいないと駄目なんだから!
【もう、わたしがいないとだめなんだから】(新たなる出発語)

…の、「(××語)」てとこが面白くてすきです。(<告白)

類型本として
このへんでドロンします―昭和へっぽこフレーズ大全
へっぽこ調査室
4344805550

もあり。

しかしここでへっぽこ2つめに挙げられている「バタンキュー」、私今でも使ってるなぁ…。
毎日かあさん
毎日かあさん2 お入学編
西原 理恵子


読んだ。一箇所、泣き。

後書き代わりの石原都知事との対談で「最近何を書いたらいいのかわからなくって」とあり、あぁやっぱり、とちょと思い。それは

上京ものがたり
西原 理恵子


の後半で思ったこと。「こんなの書いちゃっていいのかな?」て。なぜ作品を書いているのか、読者がそれを読んでどう思ってくれたらうれしいのか。西原にとってのそれはマジックの種みたいなもので、思わず「言ってしまっていいの?」「それを言ってどうするの?」と一種“見てはいけないものを見てしまった”ような気になっていたのだ。
それでも彼女は書き続けているのだから、大丈夫なのだろうけど。

それにしても鴨ちゃんは、まだお酒のんでいるのだろうか。
あれもしようのないこと、これもしようのないこと
昨日の夜、NHKスペシャル。
インド洋津波の特集。

正に今、濁流に飲み込まれるという圧倒的な映像の数々。でもその中で一番衝撃を受けたのは映像ではなく、ある男の人の話。
彼の乗っていた電車は停車していたところを津波に飲み込まれて、乗っていた人のほとんど(500人程だったかな)が亡くなったとのこと。濁流で満たされる車内から彼は自分の子供を背負い、必死に窓から逃げ出したとのこと。
逃げ出すときに足にすがる人達が居たけれど払いのけた、という彼の話に「それはしようがないよ」と思った次の瞬間、彼は「あれは一緒に乗っていた自分の両親だったかもしれない」と言った。
電車には、彼の両親とあと二人の子供も一緒に乗っていたとのこと。背負った息子を助けるのに精一杯で、助かったのは彼と一人の息子だけ。

彼はこの先一生、繰り返し繰り返し「あれは両親だったかも知れない」と思い続けるんだろう。「あの時あれでよかったのだろうか」と何度も何度も問い直し続けるんだろう。
死んでしまった人はもう何も考えられないけれど、生き残ってしまった人は起こったことから一生逃れることは出来ない。

・・・なんて考えてしまったのは、前日に

夕凪の街 桜の国
夕凪の街 桜の国

を読んでいたのもあったのだと思う。
ヒロシマで生き残った、生き残ってしまったことを肯定しきれない女の人の話。作者のこうのさんはこの作品を描くまで、広島出身でありながら戦争や原爆の話は見てはいけないような気がして向き合ったことがなかったとのこと。私もそうだなぁ、と思った。なんとなく、でも避けてみえない程度に、避けていた。
「夕凪の街 桜の国」は声高に反戦を叫ぶではなく、普通に生きていて原爆にあってしまって、どうしていいかわからない普通の女の人を描いてくれているので、気負わず(いい意味で)普通に読むことができる。

戦争や原爆に向き合えないのって、思想やら何やらがないと向き合っちゃいけない、て思うことによるのかなぁ。
と今思った。
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